集団的自衛権の憲法解釈の修正に向けた動きが活発化している。
憲法96条改正が裏口入学と批判されたが、それにも勝る、国民不在の横暴なやり方ではないかとの非難が高まっている。
憲法と言えば、従来は、「9条」についての「特定の人々による」憲法議論であったが、今年の憲法記念日には、若者や女性が主催する従来型とは異なった集会が各地で開催された。9条だけでない憲法議論が始まったことはうれしい限りである。
しかし国の議論でも、そうした議論でも、日本をどのような国にしていくのかという根本的な議論が欠けているように思えてならない。憲法は極めて重要であるが、一つの手段であり、その目的、目指す国の姿についての議論がなされないままに、憲法議論だけが進むのはおかしなことだと思う。
環境文明21では、目指すべき社会像として
「安心・安全で心豊かに暮らせる持続可能な環境文明社会」を掲げ、それを実現する一つの手段として
「憲法に環境原則を!」導入することの提案を続けている。
平和国家は誰しもが望むことであるが、気候変動など自然界の異変が続く中で、平和で持続的な国家を築くためには、9条の保持だけでは不十分ではないかという思いからである。
明治憲法制定時も、また終戦後にも、市民の間で憲法議論が高まり、市民草案なるものも提案されていたという。
一見平和ではあるが不安一杯で先行き不透明な今だからこそ、そんな国民的議論の盛り上がりを期待したいが、まずは、国会がその見本となる、正々堂々の議論を展開してほしいものである。そのためにも、私たち一人一人が関心を寄せ続け、発言していくことを忘れてはならない。