環境文明21は、環境負荷の少ない持続可能な環境文明社会の構築を目指す環境NPOです。
  

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人を育て活かす国際貢献


JICAの課題別研修の講師として、日本の環境教育の考え方や現状・課題を話す機会があった。対象は中東・欧州といった地域の主に廃棄物管理を担当する行政官である。

エジプト、イラク、カザフスタン、パレスチナ、ボスニアなど、現在も非常に厳しい状況下にある参加者に、どのような話をすべきか最初は少し迷ったが、彼らはそうした心配をよそに日本での研修を大いに楽しんでいるようだった。

前半の講義では、日本の子供たちのゲーム依存や日本人のスマホ漬けが、健全な成長や人間関係に様々な弊害をもたらしているという話に興味津々。それに対して、自分の国でも流行っているが、人とのつながりの障害になるほどではないという話をしてくれた。

また、後半のグループディスカッションでは、PETボトルを題材に、そのライフサイクルでどのような環境負荷が生じるか、現在自国ではどのような処理がなされているか、それがベストの方法か、望ましいPETの処理方法は何かなどについて話し合ってもらった。

母国語の似通った参加者でグループを組んだため、英語ではない言葉も飛び交い、熱心に自国の状況を説明しあいながら、グループとしての考え方をまとめていった。

それによると、どの国も日本と同様リサイクルはある程度進んでいるようだが、最終的には埋立処理している国が多いとのこと。また自販機が少ないために、PETではなくガラス瓶も多く使用されていて、環境面を考えればガラス瓶を復活すべきという意見も多く出たりして、なるほどと思う場面もあった。

それぞれの国に帰れば、平和そして生命の安全など環境問題より優先せざるを得ない課題は山積しているはずだ。それでも自国の環境保全のためにできるだけ多くのことを学んで帰ろうとする彼らの姿には同じ志を感じることができたし、何よりそれぞれの国が一日も早く平和で、皆が安心・安全に暮らせる持続可能な社会へと向かうよう願わずにはいられない気分になった。

海外支援の方向性が変な方向に変りそうな日本。

人を殺す武器や軍事力ではなく、人を育て活かすこうした人材育成支援こそが、日本のやるべき真の国際貢献であると、改めて強く感じる一日だった。
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by JAES21 | 2015-02-24 17:30 | 藤村コノヱが斬る | Trackback | Comments(0)
歌を忘れたカナリア
私たちの国日本は、少なくとも環境政策、特に気候変動政策に関しては、まさに歌を忘れたカナリア状態にあると最近つくづく思っている。

そう思う理由はいくつもあるが、第一に日本の政治家、特に与野党のリーダーが気候変動問題の重大性を十分に認識していないことである。すなわち、それが国民の命や財産に大きな被害を既に与え始めており、今後ますます大きくなる危機、また、気候変動時代ともいうべき21世紀において、対策に真正面から取り組むことが、国民の意識改革を促すだけでなく、日本の産業構造や技術開発力を高め、大きなチャンスになるという認識に欠けていることである。2月12日になされた安倍首相の施政方針演説と1月21日になされたオバマ大統領の一般教書演説を読み比べてみると、その差の大きさに改めて驚かされる。

第二の理由は、日本には、かつては効果的な環境政策が確かにあった。1970年代前後、都会の空を覆っていた大気汚染は、短期間のうちにほぼ克服され、川も海も水がきれいになった。まさに、実効を挙げた。ところが、気候変動対策となると、政府が掲げるのは、基本方針とか基本計画などは盛り沢山。またグローバル競争にさらされている企業は、それなりの気候変動対策を取っているが、日本全体を見ると、温室効果ガスの排出総量はこの二十年余、全く減っていないどころか、増加している。ドイツやイギリスなどは同時期に2割近く温室効果ガスの排出量を減らし、アメリカですら減らしているのに。これは、日本が実効性ある政策をとっていないということである。実効性とは、繰り返し述べているように、固定発生源、移動発生源に対する法的規制であり、2050年の80%以上削減に向けて、途中段階での明確な削減目標値の設定であり、そしてまた、それを可能とする税制・財政措置である。これが、ほとんどない。従って、この20数年、効果は表れていない。

さらに決定的に重要だと思うのが、国民の気候変動問題への関心が萎えていることだ。各紙世論調査の結果を見ているとそれなりの関心を示していることは間違いないが、他の国と比較すると明らかに弱いのである。

みずほ情報総研が、最近、発表したところによると、ニューヨーク、ロンドン、上海、ムンバイおよび東京の5都市の20歳以上の男女を対象に行った地球温暖化に対する意識のインターネット調査では、地球温暖化の影響に備える意識を持つ人の割合など東京の意識の低さが顕著だったとしている。

かつて日本の公害・環境政策と、その結果としての環境や省エネ技術とは、世界に冠たるものと言ってよかったが、歌を忘れたカナリアは悲しいかな、今は実効性のある政策はない。その危うい状態に対して、与野党の有力政治家も国民もほとんど関心を寄せていない。この空白が近い将来、日本に何をもたらすかは明らかだ。

口の悪い私の友人は、「気候変動対策で最も効果があったのは、クールビズとウォームビズくらいだ」と言う。さすがにこれは大げさかもしれないが、そんなに離れていないことは何よりも温室効果ガスの排出を減らすどころか増やしているこの20年の実態が伝えている。
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by JAES21 | 2015-02-17 17:25 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)
民主主義の一つの形
昨日9日、仙台市で「みやぎ環境税の活用に関する請願案についての意見交換会」が開催された。主催は、『みやぎ環境税を育てる会』という地元有志による会である。

宮城県では平成23年度より、地球温暖化防止を主たる目的とした環境税を徴収している。多くの場合、税金の導入の際には高い関心を示す市民も、いったん導入されれば、その使い道にはほとんど無関心である。
しかし、彼らは、それが本当に温暖化防止のために有効に使われているだろうかという疑問を持ち、実際の使われ方を調査し、問題点を把握し、もっと有効に使われるようにするにはどうしたらいいかを考え、議論し、それらを提案書として取りまとめ、昨日、県議会議員に請願の形で提出したのである。

実は環境文明21は政策提言型NPOとしての実績を活かし、3年ほど前から、このメンバーの活動を様々な形で支援してきた。

最初は、持続可能な社会の考え方や環境問題の現状、具体的な解決策について学んでもらった。2年目からは、実際に環境税をより良いものにするために、具体的な現状の課題を抽出し、それを解決する為の方策についても議論し、最終的には改善策を提案としてまとめていった。このプロセスは、彼らにとって政策提言活動の流れを学ぶよい機会になったと思う。

また、提案という形での議員への働きかけも、彼らにとっては初めての経験だったため、はじめはなかなか思うように進まなかったが、その都度議員との付き合い方のコツ?を伝えているうちに、すっかり慣れたようである。

政策提言活動についての市民の認識は、東京と地方ではかなり隔たりがある。
しかし、私たちのこれまでの経験を地方の有志に伝えることで、彼らは彼らなりに地元の強みも活かしながら、立派に政策提言活動を行うことができるようになる。

「環境は市民みんなのもの。だからその政策作りには市民も関わる。」
その一つのモデルが生まれたと思える、うれしい1日だった。
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by JAES21 | 2015-02-10 17:30 | 藤村コノヱが斬る | Trackback | Comments(0)
気になるピケティ現象
 最近、新聞を見ても、テレビを見ても、「21世紀の資本論」の著者トマ・ピケティ教授の話でもちきりだ。ピケティ氏はまだ43歳。本書は新進気鋭のフランスのエリート経済学者の力作ということもあって、昨年の夏くらいから日本でも、エコノミストを中心に話題になっていた。この一月末にはご本人が日本に来て、記者会見を開いたり、東大で講義をしたり、報道各紙のインタビューを受けたりとピケティの資本論がひっぱりだこだ。もちろん賛美する側ばかりでなく、ピケティの主張である高所得者に対する課税の強化とか、相続格差の是正を強く求めるとかいう議論を嫌う日本の旧守派によるピケティ理論の欠陥探しも活発ということで、誠ににぎやかだ。

私自身は、ピケティ氏の経済学者としての実力とか彼が提示している見方や主張に対して、特段の反対もないし、むしろ、正当な議論だと思っているが、日本のエコノミストやメディアの取り上げ方が気になる。というよりは、苦々しく思って見ている。数年前、ハーバード大学のサンデル教授が、白熱教室なるものを実演したときも、日本のメディアなどが大騒ぎしたが、そのときと同じような思いで見ている。
 
というのは、日本のエコノミストが、外国の学者の理論をありがたがるのではなく、なぜ自分自身の理論をしっかり持ち、そして特に、日本の歴史の中にある様々な学問的伝統にヒントを得ようとしないのかが気に入らないのである。

例えば、荻生徂徠の「財政論」、二宮尊徳の「実践哲学」、石田梅岩の「経営学」、貝原益軒の「実証精神」。江戸時代には日本の人口は1千万から3千万人に増え、しかも、高い文化を維持した日本の中にピケティやアダム・スミスに決して負けない経済学があったはずだ。江戸時代が古すぎるというのであれば、明治時代の福沢諭吉、渋沢栄一、河上肇などの優れた研究者、実践者がいたではないか。なぜそこから知恵を引き出そうとしないのか。

そう言うと、ヨーロッパの経済学のロジックや体系と江戸時代や明治時代の財政学や経済学とは言葉も、そして何よりロジックがまるでかみ合わない、アウトオブクエスチョンだと言う人がいる。しかし、最近では、津軽三味線の若手演奏者が欧米のミュージシャンとセッションしたり、和太鼓、和食といったいずれも純然たる日本文化が西欧など世界の文化と大胆に交じり合って、新しい価値を創り出しているではないか。そう思うとピケティに明け暮れ、自ら考えようとしないとしか思えない日本のエコノミストが情けない。足るを知り、自然と共生し、和をもって貴しとなす日本ならではの経済学が出現し、混迷にあえぐ西洋世界に光を投じ、その結果として、ノーベル経済学賞が日本に来るのは一体いつのことになるだろうか。
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by JAES21 | 2015-02-03 11:00 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)



環境文明21の共同代表「加藤三郎」「藤村コノヱ」の両名が、時事問題等を斬る
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