環境文明21は、環境負荷の少ない持続可能な環境文明社会の構築を目指す環境NPOです。
  

カテゴリ:加藤三郎が斬る( 158 )
民主政治の衰退を示す統一地方選の結果
先日、12日、統一地方選前半戦の投開票が行われた。10の道県知事選と5政令市長選、41道府県議選、そして17政令市議選の結果が出た。

各紙が報道しているように、今回の選挙の特徴は、投票率が軒並みほぼ最低を記録したことである。地方選に限らず、国政選挙においても投票率の低下傾向はずっと見られてきたが、本来住民に最も近いところの知事・市長・県議・市議といった身近な政治家の選挙でも下がったことは、やはり日本の民主政治の衰退を示す警告に思われてならない。

私は、低投票率を招いた理由としては、次の3つを考えている。一つは、選挙における選択肢が少なくて、選挙民が投票所に足を運ばせるほどの興味を持たせられなかった点が挙げられよう。今回の選挙で最も注目された「大阪都構想」を巡る府や市の選挙においても、投票率はほぼ45%と48%程度と低率になっている。政党や政治家の選挙民に訴える選択肢の設定能力が、衰微したと考えるべきだろうと思う。

二つ目は、多くの国民が生活苦におびやかされ、選挙に関心を寄せる余裕がないことが考えられる。非正規雇用でいつ辞めさせられるか分からない不安定な生活を強いられている人、あるいはシングルマザーで貧困に苛まれ、明日への希望が持てない人。このような立場の人たちは、政治家が自分の生活を改善する希望を持たせる確固とした政策を打ち出してくれなければ、投票所には足を運ばない人が多いであろう。

理由の三つ目は、魅力的な候補者が少なく、有権者から見て、ぜひ出てもらいたい、活躍してほしい候補者は少なかったのではなかろうか。今のような選挙を続けている限り、結局、よほどの金持ちか2世3世議員でないと、リスクが多すぎて出られないということが言えよう。
それに選挙制度自体も、極めて煩雑で細かく、がんじがらめの選挙戦という実態が、私も選挙に多少関与して、いつも思っている。これでは、有能で力のあり、そして若い候補者を選挙戦の場に招きよせることは難しい。

以上三つの理由を挙げてみたが、これらの疑問を解明すること自体は21世紀の日本で実現すべき持続可能な社会を創る不可欠な要件である。活き活きとした民主政治を我々が創り出していく上で、かなり深刻で正すべき弱点になっており、果敢に取り組むべきであると改めて痛感している。
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by JAES21 | 2015-04-14 17:30 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)
気候異変が招く紛争
昨30日付の毎日新聞は、アフリカのナイジェリア北東部におけるイスラム過激派ボコ・ハラムの現状と何故彼等が狂暴化しているかの記事を載せている。

ボコ・ハラムと言えば、昨年5月に学校の女生徒約270名を拉致し、奴隷市場で売り払うという声明を出したことでも世界を震撼させた。

私はボコ・ハラムという名は、この事件で初めて知ったが、アフリカを中心に激しく残忍に動き回っており、最近では、例のISとの連携が深まっているとの報道がしばしば出ている。毎日新聞の記事の中で私の注意を引いたのは、ボコ・ハラムが台頭した一因として住民の貧困があり、しかもその貧困は最近の気候変動とくにアフリカのこの地域における降水量の減少などによって、農地や水産資源に大きな影響を受けていることが一因であるとのことである。

記事によれば、チャド、ナイジェリア、ニジェール、カメルーンの4か国にまたがっているアフリカ有数の大湖チャド湖が、1972年時点と比べ、現在はその面積が3分の1以下になってしまったと指摘されている。その理由は、降水量が減り、湖への水の流入量が減少したことだ。その結果、10年前に比べると、大幅に漁獲量が減り、収入が減ってしまったので、家族を養うのが難しいという漁師の言葉を掲載し、このような状況では、1日に1回でも美味しい食事を約束すると言えば、簡単にボコ・ハラムに参加する戦闘員を見つけることが出来る旨報道している。

要は、環境異変が貧困をもたらし、貧困のなかで食べられなくなれば、ボコ・ハラムであろうがISであろうが加わって生き延びるしかないという主旨の記事となっている。

気候変動などの環境の悪化は紛争の原因になるということは、ずっと前から指摘されていたことである。例えば、氷河を水源とする河川流域で温暖化によって氷河の融解が加速されれば、まず洪水が頻発し、氷河が消え去れば、水源も消えてしまい、上流と下流の間に深刻な紛争が起こる事象などはしばしば言われてきた。

イスラエルとパレスチナの間の紛争にもこのような水を巡る環境の変化が一因であるということもつとに知られている。しかし、環境の悪化が今後も続いて行けば、日本にいては考えられないような環境災害のみならず、人が生き延びるため暴力を伴う激しい紛争に至るのだということを改めて思い起こさせた昨日の記事であった。
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by JAES21 | 2015-03-31 17:30 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)
安全装置の外れた世界に生きる
私だけの感想ではないだろうが、今、世界で起こっている様々な出来事を見ていると、人間社会の安全装置が外れてしまったと思わざるを得ない。
ISなるイスラム過激派集団の暴行は、人間に対する暴虐に留まらず、1000年も2000年も伝わった文化財の破壊にも及んでいるようだ。

シリア、イラク、パキスタン、パレスチナなどで生じている紛争、暴力、人権無視・・・こういったものは、人間として許容されるものではない。ウクライナで起こっている出来事を見ると、追い詰められると人間もここまでやるのかと言った思いが深い。

このような物理的な暴力以外でも、富める者はますます富み、貧しいものは坂道を転がり落ちるように貧しいまま。格差はますます激しくなっている。伝えられるところによると、アメリカの大企業の経営者は通常の従業員の200倍以上の報酬を得てもなお足りないと思っているらしい。中国などでは、金のために幼児を売り買いし、人倫も道徳もどこにいったやらという状況である。このような人間社会の暴走現象を見ていると、人類の歴史のなかで培ってきた様々な安全装置がほとんど機能を失いつつあるように見えてくる。

かつては法令が放縦になりがちな人間を規制し、また、精神面では、宗教、倫理、道徳、あるいはその家に伝わる家訓や、掟の類、さらには、コミュニティの慣習といったものが、人間にタガをはめ、秩序をなんとか保ってきた。

私が子供の頃は、義理人情にまつわる物語をよく聞かされ、その美しさや重要さを知らず知らずのうちに学んだものだ。これも人間社会の安全装置の一つであった。しかし、今から2世紀ほど前に、ヨーロッパで確立されてきた個人の自由、人権、また、民主主義といった理念や原則は、人間社会にとって普遍的な価値であり、保持すべき項目として尊重されてきたが、自由というのはタガが外れれば放縦となり、自由競争はあっという間に弱肉強食の世界に転じてしまう。

民主政治にしても、情報や生活基盤がほぼ共有されている人の間では、価値があっても、その条件を欠けば、金や暴力によって票を買うことが、当たり前となってしまう。

人間社会が2世紀余に亘って、大事にしてきた原理、原則が崩れていけば、もはや、弱肉強食の世界がすぐにでも出現し、それを抑える宗教も倫理も、義理人情もなくなれば、この世界はトラやライオンやヘビが横行する荒涼たる危険な世界になる。

人間のタガが緩んできたことの結果が、今見ているような世界なのかもしれない。
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by JAES21 | 2015-03-17 17:30 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)
タガが外れた世界
昨日今日始まったわけではないが、20世紀末頃から、特に21世紀に入って、世界では、信じられないような出来事が次から次へと起こっている。異常気象や生物界の多様性の喪失はもとよりだが、それだけでなく、世界の各地で民族や宗教の違いによる暴力やテロの発生、さらには貧富の差が極端になり、巨万の富を抱える人がいるかと思うと、食べる物にも事欠き、人間らしい生活すら奪われている人が沢山出現している。
 
昨今、ISなる過激集団が、人質の残忍な殺害をテレビのショーのように見せ、また、アフリカのボコ・ハラムなる組織は、女子生徒らを拉致、「奴隷として売り飛ばす」などと犯行声明を出している(ナイジェリア拉致事件)。さらに、最近では、少女の体に爆薬を巻き付け自爆させる自爆テロといった人間として到底許されないことが次から次へと起こっている。

このように、私たちの目の前で、極端で残忍な行為、非人間的な行動が連日のように報道されているなかで、アメリカや日本の株価は、十数年ぶりの最高値を出し続けているらしい。このような世の中の姿を見ていると、まさに世界はタガが外れ、無秩序化し流動化し始めたと感じざるを得ない。過去数世紀に亘り、曲がりなりにも、数十億人の人間社会を統治してきたもろもろの原理や制度が音を立てて崩れようとしていることを意味しているのであろう。

すなわち、自由とか民主主義、自由主義経済、平等、科学技術の進歩を喜ぶ気持ちや願い、そういった数世紀に亘って通用してきたものが挑戦を受け、そして、もろくも崩れ始めた時代に我々は生きていると考えざるを得ないのだ。
過去において、このような末世的社会にあって人を支える力のあった宗教や社会が持つ道徳感が、極めて無力化された時代においては、最早、頼りにする術も一つ消え、二つ消えていっているようだ。

何から立て直したら良いのか、結局、もう一度教育や宗教や倫理道徳といったものの価値、すなわち人間が人間として生存する基盤を立て直すしかないのではなかろうか。

小学校で株の仕組みを教えたり、英語教育をやったり、そんなことをしている場合ではないと思うが、それも単なる嘆き節をいくら言っても、世の中を変えることは出来ない。組織立って現状をしっかり把握し、戦略を練り、半世紀から一世紀をかけて、人間社会をじっくり立て直すしかないだろう。
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by JAES21 | 2015-03-03 17:26 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)
歌を忘れたカナリア
私たちの国日本は、少なくとも環境政策、特に気候変動政策に関しては、まさに歌を忘れたカナリア状態にあると最近つくづく思っている。

そう思う理由はいくつもあるが、第一に日本の政治家、特に与野党のリーダーが気候変動問題の重大性を十分に認識していないことである。すなわち、それが国民の命や財産に大きな被害を既に与え始めており、今後ますます大きくなる危機、また、気候変動時代ともいうべき21世紀において、対策に真正面から取り組むことが、国民の意識改革を促すだけでなく、日本の産業構造や技術開発力を高め、大きなチャンスになるという認識に欠けていることである。2月12日になされた安倍首相の施政方針演説と1月21日になされたオバマ大統領の一般教書演説を読み比べてみると、その差の大きさに改めて驚かされる。

第二の理由は、日本には、かつては効果的な環境政策が確かにあった。1970年代前後、都会の空を覆っていた大気汚染は、短期間のうちにほぼ克服され、川も海も水がきれいになった。まさに、実効を挙げた。ところが、気候変動対策となると、政府が掲げるのは、基本方針とか基本計画などは盛り沢山。またグローバル競争にさらされている企業は、それなりの気候変動対策を取っているが、日本全体を見ると、温室効果ガスの排出総量はこの二十年余、全く減っていないどころか、増加している。ドイツやイギリスなどは同時期に2割近く温室効果ガスの排出量を減らし、アメリカですら減らしているのに。これは、日本が実効性ある政策をとっていないということである。実効性とは、繰り返し述べているように、固定発生源、移動発生源に対する法的規制であり、2050年の80%以上削減に向けて、途中段階での明確な削減目標値の設定であり、そしてまた、それを可能とする税制・財政措置である。これが、ほとんどない。従って、この20数年、効果は表れていない。

さらに決定的に重要だと思うのが、国民の気候変動問題への関心が萎えていることだ。各紙世論調査の結果を見ているとそれなりの関心を示していることは間違いないが、他の国と比較すると明らかに弱いのである。

みずほ情報総研が、最近、発表したところによると、ニューヨーク、ロンドン、上海、ムンバイおよび東京の5都市の20歳以上の男女を対象に行った地球温暖化に対する意識のインターネット調査では、地球温暖化の影響に備える意識を持つ人の割合など東京の意識の低さが顕著だったとしている。

かつて日本の公害・環境政策と、その結果としての環境や省エネ技術とは、世界に冠たるものと言ってよかったが、歌を忘れたカナリアは悲しいかな、今は実効性のある政策はない。その危うい状態に対して、与野党の有力政治家も国民もほとんど関心を寄せていない。この空白が近い将来、日本に何をもたらすかは明らかだ。

口の悪い私の友人は、「気候変動対策で最も効果があったのは、クールビズとウォームビズくらいだ」と言う。さすがにこれは大げさかもしれないが、そんなに離れていないことは何よりも温室効果ガスの排出を減らすどころか増やしているこの20年の実態が伝えている。
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by JAES21 | 2015-02-17 17:25 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)
気になるピケティ現象
 最近、新聞を見ても、テレビを見ても、「21世紀の資本論」の著者トマ・ピケティ教授の話でもちきりだ。ピケティ氏はまだ43歳。本書は新進気鋭のフランスのエリート経済学者の力作ということもあって、昨年の夏くらいから日本でも、エコノミストを中心に話題になっていた。この一月末にはご本人が日本に来て、記者会見を開いたり、東大で講義をしたり、報道各紙のインタビューを受けたりとピケティの資本論がひっぱりだこだ。もちろん賛美する側ばかりでなく、ピケティの主張である高所得者に対する課税の強化とか、相続格差の是正を強く求めるとかいう議論を嫌う日本の旧守派によるピケティ理論の欠陥探しも活発ということで、誠ににぎやかだ。

私自身は、ピケティ氏の経済学者としての実力とか彼が提示している見方や主張に対して、特段の反対もないし、むしろ、正当な議論だと思っているが、日本のエコノミストやメディアの取り上げ方が気になる。というよりは、苦々しく思って見ている。数年前、ハーバード大学のサンデル教授が、白熱教室なるものを実演したときも、日本のメディアなどが大騒ぎしたが、そのときと同じような思いで見ている。
 
というのは、日本のエコノミストが、外国の学者の理論をありがたがるのではなく、なぜ自分自身の理論をしっかり持ち、そして特に、日本の歴史の中にある様々な学問的伝統にヒントを得ようとしないのかが気に入らないのである。

例えば、荻生徂徠の「財政論」、二宮尊徳の「実践哲学」、石田梅岩の「経営学」、貝原益軒の「実証精神」。江戸時代には日本の人口は1千万から3千万人に増え、しかも、高い文化を維持した日本の中にピケティやアダム・スミスに決して負けない経済学があったはずだ。江戸時代が古すぎるというのであれば、明治時代の福沢諭吉、渋沢栄一、河上肇などの優れた研究者、実践者がいたではないか。なぜそこから知恵を引き出そうとしないのか。

そう言うと、ヨーロッパの経済学のロジックや体系と江戸時代や明治時代の財政学や経済学とは言葉も、そして何よりロジックがまるでかみ合わない、アウトオブクエスチョンだと言う人がいる。しかし、最近では、津軽三味線の若手演奏者が欧米のミュージシャンとセッションしたり、和太鼓、和食といったいずれも純然たる日本文化が西欧など世界の文化と大胆に交じり合って、新しい価値を創り出しているではないか。そう思うとピケティに明け暮れ、自ら考えようとしないとしか思えない日本のエコノミストが情けない。足るを知り、自然と共生し、和をもって貴しとなす日本ならではの経済学が出現し、混迷にあえぐ西洋世界に光を投じ、その結果として、ノーベル経済学賞が日本に来るのは一体いつのことになるだろうか。
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by JAES21 | 2015-02-03 11:00 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)
「パリ」の世界史的役割
2015年初めてのブログ発信だが、極めて残忍で血なまぐさい事件から書き始めざるを得ないとは遺憾なことだ。

日本ではまだ正月気分が残っていた1月7日、フランス・パリにおいて風刺週刊誌「シャルリーエブド」社に覆面をしたイスラム過激派のテロリストが侵入し、同社幹部ら12人を殺害するという事件が起こった。
そして、ほぼ同時期である2日後の9日、今度はパリ東部にあるユダヤ系食料品店で、人質を取り、立てこもっていた1人のテロリストが、人質4人を殺害するという事件が起こった。特に最初の事件は、フランスで最も大切な価値であるとされる表現や言論の自由を暴力でもって抑圧するという、あってはならないテロ行為としてフランス大統領は即時に反応し、フランスの理念を守ると立ち上がった。

1月11日には犠牲者を悼み、テロに抗議するための大行進がフランス各地で実施され、参加人員は全国で370万人、パリでは160万人超の風前の規模となった。
しかも、そのデモ行進の先頭に、オランドフランス大統領とメルケル独首相、キャメロン英首相やネタニヤフ・イスラエル首相、アッバス・パレスチナ代表を含め、40人超の首脳が市民と共に腕を組んで大行進するというのは前代未聞であり、世界史的大事件となった。

今世紀の初めに、アメリカで発生した9.11以来、ずっと揺れ続けている欧米先進国対イスラム原理主義乃至はイスラム過激派との戦いはこのような形で、のっぴきならぬ状況になったということである。それにしても、このパリの出来事が今後、どのような動きを見せるかは分からないが、21世紀の人類が抱え込んだ苦悩を象徴している。

私自身は、そのパリで今年の末に開催される地球温暖化を巡る国際会議(COP21)に注目している。言うまでもなく京都議定書に代わる新たな温暖化対策の国際的枠組みをこのCOP21で合意が出来るかどうかである。

合意を見るため、数年も前からそのための議論を営々と続けている。しかしながら、昨年末リマで開催されたCOP20においても、先進国対新興国・途上国の大きな溝は埋まらず、果たして今年の末にパリで実行力のある国際条約が締結されるのか、私は危ぶんでいる。温暖化を引き起こした責任や開発の権利を巡る利害が複雑に絡み合い、抜け出せないでいるのだ。

もし、このパリで、人間社会の安全だけでなく、生態系全体にも影響を与えている気候変動問題に人類社会が上手く対応できなければ、我々の将来は真正の危険にさらされる。その危険の程度は、テロの襲撃と同様のあるいはそれ以上に深刻なインパクトを人類社会に与えることとなる。

パリは再び世界史の現場となったし、そして、この年末にもなる。フランス革命、世界人権宣言の発布と同じような大きな影響力を人類史に投げかけることが出来るのか、今後も注視していく。
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by JAES21 | 2015-01-20 11:49 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)
今回も、取り上げられなかった争点
師走の慌ただしい中に、急遽しつらえた総選挙も、やっと終わった。

その結果は、ご承知の通り。安倍首相はアベノミクスに対する国民の信任を問い、経済成長を最優先とする「この道しかない」と強調し、今回の選挙の争点をこの一点に絞り込んだ感が深い。

それに対し、ほとんどの野党は「この道」以外の選択肢を、説得力を持って国民に提示出来なかったことが、安倍政権の勝利と今後最大4年間の続投を許してしまった。安倍首相はさぞやご満足のことであろう。

国民やマスコミの関心が、この総選挙がらみにほとんど集中していたちょうどその時、地球上日本の反対側にあるペルーのリマで、人類の将来に極めて大きな分岐点ともなり得る気候変動枠組条約締約国会議(COP20)が開かれていた。

よく見ると日本の各紙もそれなりに報道はしていたが、このCOP20の意義や、その成否が日本国民の生活にどのような影響を与えるか、説得力を持って説明した記事はほとんど目にしなかったと言ってよいくらいだ。

要は、政治家もマスコミも、従って国民もそんな大切な会議が開かれていることを真剣に取り上げず、極楽とんぼのように「やれアベノミクスだ、やれ景気回復だ、この道だあの道だ」と安倍首相が戦略的に注意深く敷いた路線の上を踊っていただけのように私には見える。

このCOP20というものは、来年の同時期パリで開催されるCOP21 において、人類社会に極めて大きな影響を与える気候変動問題へのほとんど最終的な枠組みをつくるための準備をする、極めて重要な準備会合であった。

従って、日本以外の主要国はそれなりの力を入れリマに臨んでいたと思う。特に世界第一位、第二位の温室効果ガス排出国である中国とアメリカは事前に首脳レベルでも意見を交わし、それなりの態勢を整えてリマに行き、来年のパリ会合での法的枠組みづくりに向け、怠りなく準備をしていたというのに、日本ではお決まりの「途上国支援のお金は出しますよ」と言った以外は何の策もなく、それを国民も野党も全く問題にしていないという能天気ぶりである。これでは安倍さんが仕掛けた道以外の道など見つかろうはずもない。

気候変動対策が社会に持つ意味、特に経済政策、産業政策に対して持つ意味などを含め、日本が今後どう対応すべきか、何も議論されないまま、何も知らずに屠殺場に運ばれる哀れな小羊のごとく、パリに向かうことになるのだろうか。気候変動問題は、単なる環境問題ではない。経済の姿や企業の競争力、そして私たちの価値観に重大な変更をもたらす問題である。この重大さや奥深さを理解出来ていれば、安倍さんが指し示す道以外のもう少しまともな道を今回選挙の争点の一つにすることが出来たのにと思うと残念でならない。
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by JAES21 | 2014-12-16 15:58 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)
憲法違反状況下の衆院選
本日、第47回衆議院選が公示され、正式な選挙戦が始まった。アベノミクスなる経済政策の是非をはじめとして様々な争点が投票日の前日までにぎやかに議論されることになるだろう。このタイミングで総選挙に打って出た安倍政権の問題点についてもいろいろ議論されているが、私が特に気になっているのが、総選挙そのものの基本に関わることである。

それは、日本国憲法の前文の冒頭部分において、次のような文言がある。

「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」

日本国憲法の第一文はまさにこの文章で始まる。
問題は、現在の選挙制度の下で行われる総選挙が憲法でいう「正当に選挙された国会における代表者」を選ぶ選挙であるかどうかである。言うまでもなく、国会議員の一票の格差が長いこと問題にされ、そして、過去4回の最高裁ではそろって一票の格差が甚だしく、違憲状態であると判定されている。

最高裁が違憲状態だと言っている選挙制度の下において選挙された国会議員が果たして「正当に選挙された国会における代表者」と言えるかどうかが、ずっと気になっている。
しかも、今回の選挙においても、日本にとって、最も重要な問題とするべき環境政策はほとんど争点にもならず、安倍首相は、今回の選挙はアベノミクス選挙であり、経済選挙であると言ってはばからない。野党も、この違憲状態の選挙の正当性を本気になって問題にしていない。この選挙によって出てきた人たちが、どんなことを言い、決めたとしても、正当ではない。

最高裁もいつまでも“違憲状態、しかし、選挙自体は有効”という判断はやめて、選挙無効といわないと、日本の国会議員及び選挙制度に関わる関係者の目は覚めないのではないか。私としては、文字通り、正当に選挙された国会の代表を通じて、堂々と日本の将来に重大な影響を与える環境政策を含む諸政策が議論され、採決され、実行される日が一日も早く来ることを“正当な国民”の権利として強く要求する。
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by JAES21 | 2014-12-02 16:55 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)
「やむを得ない」の先にあるもの
九州電力の川内原発の再稼働問題は、これに同意する立地自治体である薩摩川内市議会および市長の同意とさらに鹿児島県議会での再稼働を求める陳情を採択したことを受けて、伊藤祐一郎知事は「諸般の状況を総合的に勘案して、再稼働はやむを得ない」と述べたと11月8日付で各紙が報道している。

その諸般の事情をいくつも挙げているが、私の関心を最もひいたのは、伊藤知事が記者会見で「福島の事故で原発の安全神話は崩れ、大変な状況になったことは確か」であると原発のリスクに触れつつも、「資源が限られた日本で国民生活のレベルを守り、我が国の産業活動を維持するためには、原発の稼働はしばらくやむを得ないと判断した」旨語ったと毎日新聞が報じている点である。

私がここで問題にしたいのは、川内原発の再稼働そのものもさることながら、知事が国民生活のレベルを守り、我が国の産業活動を維持するため「やむを得ない」と述べるに至った思想である。

この思想は、単に原子力稼働問題だけでなく、環境政策と経済に絡まるかなりの政策課題にも通じる。安倍政権が地球温暖化問題にほとんど関心を寄せていないこと、また、日本がホストを務め、生物多様性の保護に関する国連名古屋会議で採択された名古屋議定書に、日本が未だに批准していないのも、その背景にあるものは、まさに伊藤知事が述べた思想とほとんど重なるものがあるのではなかろうか。

すなわち、今、政権や産業界のリーダーと言われる人たちは、国民生活のレベルを守ること、日本の産業活動を維持することが唯一最大の関心事であるように思える。それ故に無視した原子力の安全確保や気候変動無策による大被害さらに生物多様性が崩れるだけでなく、生物の個体すら短期間のうちに激減していることにも何ら配慮しようとしない。

国民生活のレベルを守るためにはやむを得なかろう、産業活動を維持するためにはやむを得なかろうと言いながら、その国民生活のレベルは福島の事故後の未だ続く近隣住民の厳しい避難生活、あるいは音もなく声もなくほとんどの人に気づかれることもなく消滅していく野生の動植物の存在を無視して、なお経済のためには「やむを得ない」を押し通していいのだろうか。

その結果がゆえの不安定でゆがんだ社会の姿なのではないか。

この「やむを得ない」はそもそも誰にとっての「やむを得ない」のか?政治や経済界のメインストリームに居座っている人のためなのだろうか。

このしっぺ返しはそう遠くないときに訪れると考える。
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by JAES21 | 2014-11-18 11:47 | 加藤三郎が斬る | Trackback | Comments(0)



環境文明21の共同代表「加藤三郎」「藤村コノヱ」の両名が、時事問題等を斬る
by JAES21
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