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2011年10月号巻頭言『風』
これでいいのか、リニア中央新幹線

加藤三郎

多くの国民が、3.11後の震災・津波被害の激甚さや東電福島第一原発からの放射線汚染の深刻さに関するメディア報道に気を取られていた最中に、国民の将来の公共交通手段にとって極めて大きな影響を与えることになるであろう一大プロジェクトが静かに動き出していた。それは、国土交通大臣が、交通政策審議会の答申を受けて、本年5月27日、JR東海に対し、リニア中央新幹線の建設指示を行ったことである。

整備計画の概要は、超電導磁気浮上方式を採用し、最高時速505km、南アルプスの下をくぐり抜け、東京・甲府・飯田・名古屋・奈良・大阪などを結ぶという。工事は2014年度に着工し、名古屋までは2027年に、大阪までは2045年に開通する計画。この建設費用9兆円余は、途中の駅舎建築費を除いて全額をJR東海が負担するとのこと。

東京・名古屋間は40分、大阪へは67分で結ぶ超高速で、メディアは、いよいよリニア時代の開幕と歓迎の論調が目立ったが、鉄道ファンである私にとっては、とても喜べない深刻な疑問がある。

その第一は、何故そんなに速く走らねばならないのか、である。もちろん、人間の本性として、出来るだけ早く目的地に着きたい、世界最速のスピードを享受したい、というのは自然であろう。日本の鉄道はたゆまぬ技術の進歩を重ね、1964年に開通した東海道新幹線は、東京・大阪間を、こだま5時間、ひかり4時間で結び、その後順次所要時間を短縮して、今やのぞみ号を利用すれば2時間30分前後で、大阪に辿りつける。それをさらに速くして、航空機や自動車と優位に競争したいと鉄道事業者が考えるのも無理からぬことかもしれない。しかし、それは、科学技術の進歩を無制限に追求した20世紀型の思考法であり、やり方ではなかろうか。物には限度がある。名古屋までの40分間、コーヒーをゆったり味わう間もない内に着いてしまう。そこから大阪までの27分、弁当を食べる時間もない。そんなに速く着く必要のある人はどれほどいるのかという疑問は消えない。

第二は、東京・大阪間の利用者の数を過大に(敢えて言えば水増しして)、見込んでいるのではないかとの疑問だ。2005年時点で、東京・大阪間の利用者は年間442億人キロであったものが、本計画では、リニア新幹線だけで、408億人キロ、それに、在来型の東海道新幹線もあるので、ここに254億人キロ程度加算される。つまり、約660億人キロの需要を見込み、現在よりも、1.5倍の人が行き来することになる。

しかしながら、日本は、人口減少局面に入っている。人口専門機関の中位予測によれば、2030年には、日本の総人口は現状よりも約1,300万人減り、2050年には、なんと3,800万人ほど減る見込みだという。しかも、高齢化率は、現在の23%が、2030年には32%、50年には、約40%にならんとしている。つまり、人口総数が大幅に減り、高齢化が進み、しかも、インターネットの通信手段も進化し、ITを利用した会議などが一般化しているであろう中、何故これほどの交通需要を見込めるのだろうか。

JR東海によれば、開通時の運賃は、現行運賃よりわずか1,000円程度の上昇で済むということだが、その秘密の一つは、乗客数の過大見積りではなかろうか。

第三の疑問は、このようなリニア新幹線が、開通した場合、在来型東海道新幹線のサービスレベルはどうなるのか、だ。JR東海としては、リニア新幹線を大幹線として乗客をかき集めることになるだろうから、どうしても、在来の新幹線はローカル化し、運行本数や間隔などのサービスは低下せざるを得なくなるのではなかろうか。この沿線には、静岡、浜松、岐阜、大津、京都などの中核大都市がいくつも存在している。リニア路線からはずれる京都を含むこれら都市へのサービスがどうなるのか。

第四に、リニア新幹線の運行には従来型の新幹線に比べ、ラッシュ時には約3倍の電力を必要というが、開通する頃には、原子力発電の比率が低下(ないしはゼロ)しているであろうなかで、安定した運行が可能かどうかも気になる。JR東海の葛西会長が、5月24日付産経新聞紙上で「腹を据えてこれまで通り、原子力を利用し続ける以外に日本の活路はない。(中略)今やこの一点に国の存亡がかかっている」と力説しておられるのは、リニアのことが頭にあるのかなと私はつい思ってしまう。

この他にも南アルプスの下をくり抜いて走るリニアについては、自然環境への影響、あるいは、強力な磁気の人体への影響、大深度のトンネル走行中の車両火事など、心配ごとは沢山ある。

以上のような個々の疑問だけでなく、そもそもリニア中央新幹線の事業内容については、私の周辺でもほとんどの人が知らない。事実上、限られた審議会での専門的な議論によって計画が作られ、事業化され、否応なしに、それは将来の日本の動脈にも大きな影響を与える。原発問題が「原子力ムラ」と言われる限られた人々の間で計画され、実施されたが、結局、今回の原発事故のような、とてつもない被害を多くの人に与え続ける例もある。将来、仮にリニア新幹線の経営が行き詰ってしまえば、国民へいろいろな形で負担が発生することは避けられない。英・仏が運行した超音速コンコルドの破綻の例もある。それを避けるには、全てをオープンにし、多くの人がこの問題について、多方面から検討し、納得のゆく事業(廃止も含め)になるようにしていくべきだと強く感じている。
by JAES21 | 2011-10-25 16:30 | 会報巻頭言『風』
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環境文明21の共同代表「加藤三郎」「藤村コノヱ」の両名が、時事問題等を斬る
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